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by rakuraku7788
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『情けは人の為ならず?!』

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何処の国の国旗でしょうか?

『情けは人の為ならず?!』

この話は、私のお師匠さんの一人から聞きました。

『情けは人の為ならず』と言いますが、果たしてその真意は?

以下、お読み下さい。歴史的事実です。

   … … …

和歌山県の南端に「大島」という島があります。
この島には日本で一番古い石造りの灯台があります。

明治23年9月16日、和歌山を台風が襲いました。

午後9時頃、大島の沖合いで大きな爆発音がしました。
灯台守は、嫌な予感がしました。
その時、台風で舵の効かなくなった木造軍艦が
灯台に向けて押し流されてきました。
全長76メートルもの大型船です。

船は、板切れが流されるように、風と波でどんどん近づいてきました。
やがて、海岸の岩場に打ち付けられて真っ二つに裂けました。
乗組員は海に放り出され波にさらわれました。
真っ暗で荒れ狂う海にどうすることもできなかったといいます。

一人の水兵が岩場に打ち上げられました。
かすかな意識の中で、灯台の明かりが見えました。
「あそこにいけば助かる!」
急に力が湧いてきました。
40メートルもある崖をよじ登り、ようやく灯台にたどり着きました。

水兵の服はもぎ取られ、彼は裸同然でした。
全身傷だらけで真っ黒に腫れあがっていました。
灯台守はその水兵を見つけましたが外国人で言葉が通じませんでした。

そこで「バンコク信号書」を見せ、トルコ人であることがわかりました。
そして船はトルコ海軍の軍艦であることもわかりました。
灯台守は応急手当をし、他の水兵の救助のため、村人を呼びに戻りました。

電灯もない真っ暗な夜道、人一人がやっと通れる道をひたすら走りました。
村人たちと灯台に戻ってくると、10人ほどのトルコ人がいました。
全員傷だらけです。この村は50軒くらいしかない貧しい村でした。
村人は総出で崖を降り救助をしました。

遠い国からやってきて、見知らぬ日本で死んでゆく水兵を見て、
村の男たちは泣いたそうです。
「一人でも多く救ってあげたい!」
「死ぬな、元気を出せ!」
そして助かった人は69名でした。
この船は「エルトゥールル号」といいました。

救助された人は寺と小学校に収容されましたが、
村には電気、水道、ガス、電話などはありません。
井戸もなく、水は雨水を貯めて使っていました。
サツマイモとみかんを栽培していました。
これを対岸の町、串本でお米と交換して生活する貧しい村でした。
各家庭にニワトリを非常食として飼っていました。
このような村に69名の外国人が収容されたのです。

生まれて初めて見る外国人をどうしても助けたいと村人は思いました。
台風で漁ができず、食料はすぐに底をつきました。
「もう食べさせてあげるものがない」
「どうしよう」

一人の婦人が言いました。
「ニワトリが残っている!」
「でも、これを食べてしまったら何もなくなる・・・」
「大丈夫、お天とう様が見守ってくださる。 」
村人は最後に残ったニワトリを料理して水兵たちに与えました。
こうして、トルコ人は一命を取り留めたのです。

村人は遺体を引き上げ丁重に埋葬しました。
この遭難の報は和歌山県知事に伝えられ、
そして明治天皇にまで言上されました。
明治天皇は直ちに医者、看護婦の派遣を指示し、さらに礼を尽くし、
生存者全員を軍艦「比叡」「金剛」に乗せてトルコに送還なされました。
日本全国から弔慰金が寄せられトルコの遭難者家族に届けられました。

この話には後日談があります。
その事件から100年近く経った1985年3月17日の出来事です。
湾岸戦争でサダム・フセインが、48時間後にイラン上空を飛ぶ
すべての飛行機を打ち落とすという命令を下します。

イランにいる日本人はあわててテヘラン空港に向かいました。
しかし、すべて満席で乗れない・・・。
日本政府の対応も遅くパニック状態になったのです。

その時、2機のトルコ航空機が到着し、日本人215名全員を乗せて
成田に向けて飛び立ちました。タイムリミット1時間15分前でした。

なぜトルコ航空機が来てくれたのか?
日本政府もマスコミも知りませんでした。
前駐日トルコ大使、ネジアティ・ウトカン氏は言われたそうです。

「エルトゥールル号の事故に際し、日本人の献身的な救助活動を、
今もトルコ人は忘れない。そのご恩返しです。
私も小学生のときに歴史教科書で学びました。
トルコでは子供たちでさえエルトゥールル号の話を知っていますよ。」
とのこと。

情けは他人のためならず・・・
自分さえよければ、と言う風潮の現代においては、なおさら、
自己犠牲をしてまで、他人のためにできる人たちの素晴らしさを感じます。

   … … …

情けは人の為ならず、そう、情けは自分の為になるからです。

因果応報、善因善果・悪因悪果とも言います。

成功の原理は弱肉強食から WIN&WIN へ180度方向転換しています。

喜びや感動の循環が起こる、そんな仕事をしたいものです。
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by rakuraku7788 | 2007-03-20 10:41 | 心の温まるお話